TAYLOR DEUPREE

INTERVIEW: TAYLOR DEUPREE: CLUBBERIA (JP) (2011)

米ニューヨークを拠点に活動する、日本でも大人気の12Kレーベルのオーナー、アーティスト、デザイナー、フォトグラファーとして、ここ10年間のアンビエントシーンの先端を走ってきたテイラー・デュプリーの「ビートを探求した」アルバムが、9月14日に"LANTERN / NATURE BLISS"から再発されました。

4つ打ちのビートを極限まで研ぎすまし、当時「マイクロスコピック・サウンド(顕微鏡で覗いたかのような、微細な音)」と呼ばれたその作風は、のちに一世を風靡したミルプラトーの「クリック&カッツ」~クリックテクノへと繋がり、すべては彼から始まったといっても過言ではありません。このハンパない中毒性と、時を越えても色褪せない感覚には驚愕するばかりで、現在のテクノリスナーにこそ聴いて欲しい名作です。

本作は彼の単独ソロ名義としては、初の「国内盤化」であるのと同時に、今の彼のアンビエントの作風にしか馴染みのないファンにとっては驚くべきものとなるでしょう。そんな驚きを少しでも解消すべく、本作のリリースの経緯や、彼のルーツである「テクノ」をベースにいろいろとお話を伺ってみました。

Interview : mondii


─ 本作は、10年前にオランダの"audio nl."レーベル(今では機能してない)からリリースされていた12インチシリーズの再発ものですが、なぜこのように「Focux」という名前で再発にいたったのですか?また10年を経た今、改めて聴いてみてご自分ではどう感じますか?

はい、確かにこれらのトラックは10年前にリリースされたもので、そのうちのいくつかは制作してから13年が経ちます。再発のオファーは"LANTERN"レーベル側からいただいたのですが、私自身もよりたくさんの人に聴いて欲しいという願いがありました。このように長い時を経て、ようやく私はアーティストとしてではなく、純粋なリスナーとしてこの作品を楽しめるようになりました。なので、これらの楽曲を久々に聴くのは、とてもフレッシュな体験で、こんなに時が経っているのにも関わらず、ユニークで興味深い作品だと思いました。今やっている音楽とはかなり違う感じなので、ストレスもなく楽しめました。私がこの10年にやってきたことに比べると、とても楽しく奇抜な音楽です。

「Focux」という名前は、オリジナルのEPにあるトラックから来たもので、当時それを「Focus」と名付けようとしたら、「Focux」と打ち間違えてしまったのです。そして、その見た目を気に入ってしまったのと、音楽に向かう際にも、このような不完全性やエラーなどに興味があるので、ぴったりな気がして付けました。今でも「Focus」をよく打ち間違えてしまいます(笑)

─ 12Kにおけるあなたの最近の活動しか知らないリスナーにとっては、このようなビートを感じるテクノ寄りのアルバムは驚きだと思います。そもそも、どのようなきっかけでテクノに興味を持つようになったのでしょうか? 当時90年代の米国では、ヨーロッパほどテクノが人気ではなかったように思うのですが。

私は80年代後半のニューウェーブ、それからインダストリアル系、90年代初期のテクノへと影響を受け、曲作りを始めました。なのでテクノは、私の核となるルーツのひとつです。そして、テクノにのめり込むに連れ、アンビエント音楽にも興味が生じ、90年代半ばには「シーン」の一部にはなりたくないと思い、テクノへの興味が薄れていきました。私がより関心があったのは、ヴィジュアル・アート(写真、デザイン)に対する情熱を貫くことで、そのころ私がすでに作っていたアンビエント音楽と、それらはごく自然に調和しました。そして、今の私の音楽を聴いている人ならわかると思いますが、「アンビエント」は、コンピューターとアコースティックな楽器を、より高度に融合させたものになっていったのです。

90年代の米国ではテクノがとても人気ありました。私の初期のテクノバンドであるPrototype909は、数年間、毎週末激しいレイヴで演奏していました。どの州にも独自のシーンがあって、ウィスコンシン、イリノイ、ニューヨーク、西海岸のシーンはとくに大きいものでした。私たちは「東海岸」のテクノバンドとしてとても知られていました。なので、米国でもテクノは人気ありましたが、ヨーロッパではそれ以上に人気があったという感じです。

─ 「マイクロスコピック・サウンド」と呼ばれる音楽を作るようになった経緯を教えてください。1999年にニューヨークのレーベル"カイピリンハ・ミュージック"のために「マイクロスコピック・サウンド」というコンピレーションの編集も担当していましたが、このようなスタイルの音楽家が世界中から同時多発的に出てきたのは、何かしら理由があると思いますか?

1999年にラスター・ノートンの連中と初めて会いました。カールステン・ニコライ、フランク・ブレッツシュナイダーにオラフ・ベンダーと私たちは友達になり、その際に初めて自分がやっているような音楽を、他のアーティストもしているということを知りました。そのころは、自分がやってきたテクノ音楽を捨て、より何か実験的なことをし始めたいと思っていたので、当時作っていた音楽はポストテクノなリズムに、たくさんの実験的な音が融合したようなものでした。

また同時に、ミニマリズムにも大変興味が出て来たころで、自分の中でこれらの要素を合わせた感じがしっくりときて、こういった音楽を集めたらおもしろいかと思い、コンピレーションを制作してみたのです。それまで誰もやったことがない試みで、流通や宣伝もしっかりしていて有名だった、かのミルプラトーの「クリック&カッツ」が出るよりも前のことです。

このような音楽が突然現れたのは、アーティストもテクノのさらに向こうを見ていて、テクノロジーの進化によって、より簡単に精密なものが編集可能になったからではないかと思います。今では当たり前のことのように思いますが、たった12年前まではこのサウンドテクノロジーは出てきたばかりでした。私たちは音を取って、「顕微鏡のように」ごく小さなレベルまで簡単にエディットし、精密な感じで複雑なデジタル音を合わすことができるようになったのです。これらふたつの事柄が、このような音楽を創造させるに至ったのだと思います。

─ あなたのビート寄りの音楽から、近年のアンビエントなリリースまで、実に異なった作風に聴こえますが、その中にも共通の何かを感じることができます。それは恐らく、あなたがよく言う、ものづくりの際にメインテーマとしている「不完全性」からきているものかと思うのですが、あなたにとっての「不完全性」とは何でしょうか?

大きくわけると2つあります……多分1つは、この世のものは何ごとも「完全」であるという風に考えてはいけないのだと思うのです。2つ目に、もっとも美しいのは、制約、ひとつの傷、不規則であろうと、何かによって起こるエラーからだと感じます。テクノロジーの世界では、なんでも簡単に完璧にすることができます。コンピューターグラフィックスでいえば、自然の不完全性をなくしています。私は「人間的な」ものごとの中に美や複雑性を見出すのです。

─ あなたは近い将来にも、このようなビート寄りの音楽をリリースしようと思っていますか?私たちの中には、本作で聴ける音楽にとても近いAndo名義(2008年にBine Music からリリース)のものを知っているものもいますが、今後Ando名義でこのような音楽を発表される計画はないのでしょうか?

今アーティストのスタンスとしているところが、このような音楽性ではないので、定期的に作ることはむずかしいです。私にとってこれらは、楽しいサイドプロジェクトのようなもので、アートとして自分が焦点をあてているものではありません。しかし、日頃のよりシリアスな曲作りからの良い気分転換になります。今すぐには、このような音楽をやる計画はありませんが、きっとどこかでまたやるに違いありません。

─ 2011年の10月に来日すると聞きました。ぜひ詳細を教えていただけますか?

はい!私は毎年日本へ行くことをとても楽しみにしています。音楽を演奏し、友達に会ったり、たくさん食べることを。今回は10月15日と16日に浜松の福嚴寺フェスティバルに出演し、また東京ではllluhaという日本人デュオの12Kのリリースパーティーをやります。今回の旅を、私はとても楽しみにしています。去年、渋谷の東急ハンズの向かいでなくした帽子が、見つかるかもしれないね(笑)
Taylor Deupree